ビジネス誌や、人材関連の人が書くブログ等を見ると「成長」という話がよく出てくる。職人や漁師、スポーツ選手であれば「成長」は日々目に見える形で実感できるだろうが、ホワイトカラーの仕事人の場合、「成長」とは一体何を意味するのか。
それは「怒られる回数が減る」ことに行きつくのではないだろうか。もはやダメ過ぎて呆れ果てられ、怒られない状態になることではない。日々着実に仕事は与えられつつも、怒られない状態である。
怒られる場合はミスした場合だけでなく、礼儀知らずのことをやってしまった時や、報告を怠った時、情報伝達のフローを間違えた時、誰かの顔を立てなかった時など様々である。
ホワイトカラーの仕事は情報伝達、企画書作成、打ち合わせ、営業など多種多様だが、何か手抜きをしてしまえば、そりゃ怒られる。しかし、与えられた時間で最大限やったのに不備があったりするものである。それは能力がまだその段階では足りてないことにほかならず、上司や得意先に怒られてしまう。
これがなくなったところで「成長」を実感できることだろう。その一つが書類作成である。たとえばパワーポイントで資料を作る場合、使い始めの頃はやたらとアニメーションや「シャーン」とかいう音を入れるなどとにかく凝りに凝る。そして、真っ黒な「影男(かげおとこ)」みたいなヤツの脇に電球が光っている「ひらめいた!」のイラストを貼ったりするのである。
最初はできあがったその資料を見て「よしよし、オレもいい仕事したな」なんて思うも、気付いたら午前3時。そのまま睡眠不足で翌日のプレゼンに臨むが、相手の反応は悪い。そこで、プレゼンの達人みたいな先輩社員のプレゼンを参考にすると、これがまったく違う。
1ページに一言だけドーンと書かれていたりするのである。たとえば「コギャルはコギャルと言われるまでただの変な格好の女の子だった」とある。この一言を元に、「社会がその現象に名前をつけると市場性が生まれる」といった話に発展させられる。そして、この資料を作ったのは私が所属していた部署の先輩で、博報堂ケトル共同CEOの嶋浩一郎さんなのである。
嶋さんの場合は、「とにかく分かりやすく伝えること」がプレゼンの肝であることを知っている。だからこそ1ページに1単語を入れるだけでも構わないと考えている。一方、「成長」前の私は「パワーポイントは凝るべし」という考えでいたと思う。「朝3時までやりました」と上司に言ったら「時間がかかり過ぎだ!」と怒られ、プレゼン相手には「資料が細かすぎて読みづらかった」とも言われてしまう。その反応を見られ、上司からは「なんでオレがあそこまでフォローしなくちゃいけないんだよ」と言われる。
すべて「怒られる」状態である。そこで、嶋さん流の資料作りを少しマネしたのだが、明らかに怒られる回数は減ったし、資料作成の時間も劇的に短縮することができた。だから、ホワイトカラーにおける「成長」とは、自分の抱える問題をいかに早く見つけるかにあるのだ。私の場合は「資料は見た目優先」という完全に誤った考えを持っていた。しかし「資料は伝わってナンボ」という真理に気付き「見た目優先」が誤った認識であることができ、以後怒られる回数は減った。
だから、怒られた場合は相手の怒りのポイントがどこにあるのかをまずは把握することが必要だろう。そして、そのポイントを改善できた時に怒られる回数が減り、成長を実感できるはずだ。その後は「ホメられる回数が増える」ことにより、さらなる成長を感じるようになる。
ただし、一つ覚えておきたいのが、フェイスブック等でともだちが「成長を実感できる」とか、色々ドヤ顔を決め込んだ書き込みをしているが、自分から「成長を実感できる」とか言うヤツほど信用できないものはない。それをアピールしてしまうとイタいヤツだと思われるので自分はあまりやらない方がいいということである。
中川淳一郎(なかがわじゅんいちろう)
編集者
1973年生まれ。東京都立川市出身。1997年一橋大学商学部卒業後博報堂入社。
CC局(現PR戦略局)に配属され、企業PRを担当。2001年に無職になり、以後フリーライターや編集業務を行ったり、某PR会社に在籍したりした後ネットニュースの編集者になる。
著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書) や『内定童貞』(星海社)など。