Q)仕事をするうえでいちばん譲れないことって、なんですか? また、その理由も教えてください。
A)基本的には「誰かを怒らせないこと」ですね。意識低いと思うでしょうが、これが私が仕事をするにあたり、もっとも重視していることです。なぜそれが一番重要かといえば、誰かが怒ると仕事が進まなくなってしまうんですよ。となれば、残業時間は増え、精神衛生上も良くないし、「より良いアイディアを出す」なんて話どころではなくなってしまうのです。場合によっては裁判にまで発展してしまいます。
誰かを怒らせる仕事というのは基本的には「連絡ミス」「嘘をつく」「問題を隠蔽する」「成績が出ない」「事前に風呂敷を広げ過ぎ、期待だけさせてその期待を裏切る」「事実誤認をする」など色々あります。つまり、これらの反対語(怒らせない仕事ぶり)を分かりやすい単語で言い換えると「嘘をつかない」「言われたことをちゃんとやる」ということになります。さらに言うと「期待以上の成果を出す」ということになります。
大学生の場合、「仕事でいちばん譲れないこと」などといったことを社会人に聞く時に、想定回答として「困っている人の役に立つ」とか「人々を笑顔にする」「イノベーションを起こす」といったことを思い浮かべるかもしれません。さらに言うと「世界平和」みたいな壮大な話を期待するかもしれない。しかし、仕事というものは、まずはおカネをくれる顧客を満足させ、一緒に働く同僚が精神的に追い詰められないよう配慮をし、さらには家族を養うだけのおカネをもらう、ということが本来一番大事なのです。
それらの結果として、もしかしたら誰かを笑顔にするかもしれないし、世界平和に繋がるかもしれない。それでいいのです。だから大それた目標を設定するのではなく、目の前の人、関係する人々を少しでも幸せに、ラクにし、怒らせないようにしなくてはならない。この考え方については、私がかつて無茶振りをしてきたクライアントの女性から発せられた後述の一言がすべてです。私は27歳で「誰かを怒らせないことが仕事ではもっとも大切」を悟りました。
夜の2時、突然彼女から電話が来て、書類の修正対応を求められた時のことです。私は彼女の仕事をようやく納品し、別の仕事にとりかかっていたのですが、突然の深夜の電話です。「いやぁ、それは難しいですよ」「私も別の仕事があるんですよぉ~」なんてかわそうとしたのですが、電話口の彼女はこう叫びました。
「困ります! 直してもらわないと〇〇(上司)が怒るんです!」
この一言がすべてです。私にとってお金をくれるクライアントの彼女は絶対的存在であり、彼女にとって仕事を成り立たせてくれる上司の〇〇氏は絶対的存在。「エラい順」の川上から川下に向かって怒りの連鎖が発生してしまうと、もはや仕事は停滞する。だから私は「分かりました。〇〇さんが怒るとマズいので、私は直します」と別の仕事を後回しにし、この件の修正作業を行いました。
もしもこの時、私が「直せません。というか、私にも自分の都合があります」と言った場合、彼女は自分で直すことになったかもしれない。「カネ払ってるのに、下請けが反乱を起こしやがって、次の契約段階で切ってやる!」と激怒したかもしれない。或いは彼女が〇〇氏に「下請けのヤツが直せないと言ってきました」と報告したら、〇〇氏は「それをやらせるのがお前の仕事だろ! 次のボーナス減らすぞ!」となったかもしれない。
結局、仕事というものは崇高かつシステマチックに進むと思われがちなのですが、全然そんなことはなく、人間の感情に従って喜怒哀楽がベースとなっているのです。その中でも最も負の感情が「怒」です。それをいかにして発生させないか。これが仕事の成功への道です。
中川淳一郎(なかがわじゅんいちろう)
編集者
1973年生まれ。東京都立川市出身。1997年一橋大学商学部卒業後博報堂入社。
CC局(現PR戦略局)に配属され、企業PRを担当。2001年に無職になり、以後フリーライターや編集業務を行ったり、某PR会社に在籍したりした後ネットニュースの編集者になる。
著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書) や『内定童貞』(星海社)など。