社会人生活は、何から何まで学生とは異なります。博報堂を4年で辞め、その後再就職はせずに独立して働いている編集者・中川淳一郎が、「社会人生活を通じて感じたリアル」を振り返ります。
今回のお題は「社会人生活を通じて感じたリアル」ですが、痛感したのは、“何かを決めつけてしまうと、ロクなことがない”ということです。私が会社に入った年は「新人はおとなしくしておけ」ということと、「先輩が言うことは絶対」という感覚を持っていました。
それは、最初に出た会議で、専門用語が多すぎて何を言っているかまったくわからなかったことも影響していることでしょう。私はクライアント企業の広報を担当する部署に所属していたのですが、「パブリシティ」とか「媒体換算」とかいう言葉はチンプンカン。記者会見イベントをするにあたっても「ポディアム」とか「インカム」みたいな言葉が出てもサッパリわからない。
自分が何かを発言しても「よくわかってないヤツが余計なことを言うな」と先輩方は思っているのでは、と勝手に邪推し、「的外れなことを言ってしまったものだ……」と発言の後に後悔することばかりになっていきました。いつしか自分の役割は「議事録をとること」ということになってしまい、誰も読まない議事録を会議終了後に送ることで仕事をしたつもりになっていたのです。
これの何が一体問題かといえば、「新人は黙っておくべき」「新人がやるべきことは議事録書き」「先輩は自分よりも優秀」という決めつけをしてしまったことに他ならない。
仕事では多分に「何を言うかよりも、“誰が言うか”が重要」という面があります。しかし、今となっては、新人とはいえあまりにも面白すぎることや画期的過ぎることを言っておけば、聞く耳を持ってもらえたのではないかと思うんですよね。
結果的に私は4年で会社を辞めてしまいましたが、結局自分は4年間ずっと「若手は黙っておくべき」という頑なな思い込みを続け、一切活躍することなく4年間のパッとしない会社員生活に別れを告げたのです。
人生に「if」は禁物ではありますが、もしも入社一年目から、せっかくの機会が与えられた! ヒャッハー! とばかりに積極的に情報収集をし、色々な人と会い、会議で発言をしていたら、どうなっていたのだろううか……とは思います。
先日当時の上司・Eさん(71歳)と同僚3人と私の計5人で会食をしたのですが、Eさんの何かを達成しきったような表情を見て、こんな「if」を考えてしまったのですね。この人は会社員人生をまっとうし、今、こうして元部下からEさん、Eさん、飲みましょうよ! と誘われるほどの人徳を積んできた。そして、3人の同僚も実に有能な方々で、今も活躍している。社会人5年目にして実質的には無職になってしまった私は、あれから5年間会社に長く残ったら、今よりももっと良い人生を送っていたのでは? なんてことも考えました。
しかし、27歳でフリーランスになったからこそ、32歳でフリーランスになるよりも仕事がたくさんもらえたかもしれない、なんて逡巡するのです。会社にあと5年残っても、19年目となる今年も働き続けていても色々悩んだかもしれない。
そう考えると、「社会人生活を通じて感じたリアル」ってものは、「あ、オレ、手を抜いているな……」「あ、オレ、今ラクするために、自分の役割を決めつけてるな……」なんてことを考えず、「最大限頑張ってしまうこと」が重要ってことになります。
私の場合、フリーになって誰にも頼れなくなったところで、手抜きと役割の決めつけを辞めたところがあります。多くの人々がいて、互いに助け合うこともできる「会社」という組織の後ろ支えがあるからこそ、よりラクに活躍できることはあるでしょう。根性論にはなりますが、とりあえずベストは尽くした、と自信をもって言えるような仕事人としての日々を送りたいものです。
中川淳一郎(なかがわじゅんいちろう)
編集者
1973年生まれ。東京都立川市出身。1997年一橋大学商学部卒業後博報堂入社。
CC局(現PR戦略局)に配属され、企業PRを担当。2001年に無職になり、以後フリーライターや編集業務を行ったり、某PR会社に在籍したりした後ネットニュースの編集者になる。
著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書) や『内定童貞』(星海社)など。